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20120205

同性愛について

【カテゴリ:日常】

同性愛者が増えた。
同性愛者が増えたという気がするのは自分だけだろうか。
例えば、職場の休憩室などで昼飯を食べていると、高い頻度でテレビに同性愛者が出ている。
同性愛者。以前はよくホモといったが、今はあまりホモという呼び方をしないらしい。
自分が子供のころなどはまだ、関根勤さんが「モーホー」なんつって、ホモをからかうようなギャグをやっていたことがあったが、ホモという言葉は侮蔑的な意味合いが元々強いのだろう。最近のマスコミやメディアでは「オネエ系」なんて呼び方をしている。
しかし今回自分が言いたいのは、別にホモでもゲイでもオネエ系でも、呼び方をどうこう言いたいのではなくて、ただ、同性愛者が増えたのではないか?ということが言いたい。
誤解を招かぬように先に言っておくが、自分は性癖のとやかくを言いたいのではなく、社会現象のことを言っている。差別目的でこれを話しているのではない。
ホモとは、ホモ・セクシャルでありレズビアン含め、同性愛者のことだ。異性愛者のことをヘテロ・セクシャルというから、ホモの倣いでいけば、異性愛者はヘテロと呼ばなくてはいけない。自分はヘテロである、と。同性愛者の倣いでいけば、自分は異性愛者であるという言い方が正しいだろう。
同性愛者がテレビによく出るようになったというのは、一つに世界的な動きからだと思う。
同性愛者にも結婚の権利をとか、普通に生活できる環境を求めた運動が世界的に起こっている。
以前は同性愛というと、どこか忌み嫌われるような、例えば自分の子どもがそうだと知った時、親はその子供を勘当するといったような激しいやり取りがあったと思うのだが、最近はそんなこともなく、同性愛に対する国民感情が人肌に近くなってきているような気がする。少し離れたところにあった同性愛者の存在が、身近になってきた。
その要因が今上に挙げた世界的な運動によるもの以上に、そもそもの日本における同性愛者数が増えたから、という気がしているのだ。これは潜在していたものなのか、それとも実際に増えたのか、ちょっと分からない。
簡単にいえば「現在、日本人口の中で男100人中、何人くらいがオネエ系なのだろうか?」という話である。
200年前の日本には何人いて、50年前が何人で、現在が何人かなんて、そんな資料は残されていないのだが、自分の勝手な実感数を言えば、現在、男の同性愛者の数って100人中3~4人くらいいないだろうか。学校でいえば、1クラスに1人くらいの割合でいないだろうか?いや、もっといるかもしれない。
話は変わるが、歴史的に見ればバイ・セクシャルは多い。
日本の江戸時代以前も西洋においても、男色はほとんど一般的にあったと言っていい。
ただ、当時の男色家が全て同性愛者だったわけではなく、女もやったし、男もやったという例が多い。だから、男色といっても当人の根本的性質は男形か女形か、はっきり分かれていた。
現在は違う。男と女の性質自体が混ざり合ってきている。つまり、男が女っぽくなって、女が男っぽくなってきている。ここが、これまでのいわゆる男色などとはタイプが違う。
服装などでユニセックスという言葉がよく使われるようになったが、性別の中にもこのユニセックス化が起こってきている。これは個々というよりは、総体的に起こっている気がする。
流行語としての草食系男子、肉食系女子なんてのは、まさにそれを表しているだろう。
自分の身近な例でいえば、去年まで一緒に暮らしていたG君は同性愛者であった。G君は男しか好きになれなかったのである。
話を聞いてみると、幼少期からそうだったらしい。
もっとも、G君のように芸術家やデザイナー志望の人には、比較的、同性愛者が多い。実際に世界的に有名なデザイナーを見れば、ほとんどが同性愛者だ。
しかし、自分個人の見解を述べれば、これは世の中に男の役割がなくなってきたせいではないかと思っている。
日本の戦後の歴史を見ると、どうもそうだ。
戦後日本は、男っぽさと、女っぽさという境界線が失われてゆく時代だったように思う。
そもそも、男っぽさとは「戦いと革命」であり、女っぽさは「家庭と子供」に象徴される。
戦後、男たちの熱狂はそっくりそのまま会社という戦場に移された。とともに、敗戦後に出てきた若者は安保闘争で国と戦った。60年代、70年代と勢いのあった若者が一転するのが80年代。戦いの場をなくした若者が、そのやるせなさを校内暴力と家庭内暴力に向けていった。そしてついに、それすらもなくし、「おとなしい若者」として沈黙したのが00年代。その中から出てきた子供たちに、基本として覇気などあるわけがない。総体的な性質として、なよなよするしかないだろう。
果たして、この風潮はいいものなのだろうか。
男っぽさと女っぽさをなくした世界で、男でいなければいけないことに悩む男と、女でいなければいけないことに悩む女の存在が増えた。そして、急増した第三の性の必要性。男にも女にも通じた全く新しいユニセックスとしての存在。ゲイバー、鬼嫁、ゆるキャラ、その他もろもろ。
すでに世の中では「男」や「女」の意味が薄れつつある。
男と女の役割がごちゃまぜになる、誤った男女平等。
子供たちは自然とユニセックスな方向に集中していく。
では、我々は今後一体どういう方向に向かっていけばいいのだろう。
とにもかくにも、同性愛者が増えた気がしている。
繰り返すが、差別をしているのではない。ホモもヘテロも個人の自由だ。自由を謳歌できるようになったという見方もできる。
しかし、方向性として正しいとは思えないのである。
なぜなら、歴史の中でユニセックス化が進んだ国は、ギリシャ、モンゴル、中国、これまでに例外なく滅んでいるからだ。
通常、ユニセックス化はその国の末期症状として現れる現象である。


くらげ

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