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20130621

久しぶりの近況

【カテゴリ:日常】

どうも、お久しぶりです。いやあ、この2ヶ月半、大変だった。色々あった。
まず、引っ越しをしました。相変わらずの宮崎ですが。
で、仕事が変わりました。鳶やってますね、ワタクシ今。足場工、といって建築物の周りに即席の足場を組む仕事をしています。仕事の面接の時に担当者の方に「この仕事は、きついですよ」と言われ、どの程度きついものか考えたところで始まらず、とにかくやってみれば、まあきつい。世の中にこんなきつい仕事があったのかと思ったのですが、なにがきついって足場を組む際の柱が自分の背丈の倍ほどある鉄管なんですが、これを一度に4本くらい担いで現場を移動する。重量にして50~60kgらしいのだけど、それが担げなくて、無理矢理持とうとしたら左手の親指が変な方向に曲がり、折れたかと思ったよ、俺は。そんな怪我も、しかし、時間が経つにつれ段々慣れつつある、えへ、今日この頃です。
そんなこんなで仕事を始めたのはいいんですが、どうも4月頭から体調が悪い、咳が止まらんということがありまして、生活に追われているものだから自然に治るだろうとひと月ほど放置、病院を後回しにしていたら肺炎になりました。初めて肺炎になったよ、うぬは。
けど、あれだ。はじめたばかりの仕事をそんな休むわけにもいかぬしってんで、39度の熱と肺炎にうなされながら、親指を3度変な方向に曲げながら、なんとかかんとか仕事を続けて回復、立ってます。
最近、ようやく生活も落ち着き始め、しばらく書き物も読書もしていなかったのですが、少しずつ再開。先日読んだ京極夏彦著「姑獲鳥の夏」「魍魎の匣」が存外面白く、ハマってしまったのでブックオフに続編を買いに行きたいのだけど、移動手段がチャリしかなく、夏目漱石の「こころ」なぞ読んでいます。あと、西村賢太「一私小説書きの弁」。
先週は友人の結婚式に出席するため北海道へ行ってきました。受付に飾る詩をなにか一つ書いてくれと言われたので、ぼくは自分の好きな俳人である尾崎放哉の「咳をしても一人」をもじって「咳をしても二人」と色紙に書きました。放哉は何故、「咳をしても一人」と書いたのか。寂しさからか、気楽さからか、それともただ語呂が良かったからか、真意は分からないのですが、いや、一人暮らしの老若男女が増加している現代、また、老人の孤独死が増加している現在、すでに「咳をしても一人」はごく当たり前の状況になっていて、だからこそ「咳をしても二人」は何か皮肉な新鮮味を感じ、誰かと暮らすことの素晴らしさを想起させてくれる。つって、自画自賛しながら贈呈。
で、今日は何やってんだ、というと台風4号が九州に接近中とのことで仕事が休みになり、こうして久しぶりにブログを綴っている次第でありまして、でも、今空は雨も風もない穏やかな曇り空。穏やかな曇り空。穏やかな曇り空。

鳶の話に戻るけど、鳶というのは職人の世界でありまして、自分は当年とって齢30の身でありながら新人としてこの世界に飛び込みました。普通10代から始めるこの仕事は30代にもなればいっぱしの親方となってしかるべきですが、このでたらめな新人は30代から仕事を覚えようと躍起になったわけです。しかし、ま、フレッシュ感のない新人と言われつつ感じることがありまして。
仕事、というのは一生もんですね。
自分は今までに様々な職を経験してきました。列記すれば、居酒屋、パン屋、液晶画面の工場、ビアガーデン、鉄工業、土木、ファミレス、コンビニ、トマト農家、ホテルマン、清掃員、車工場、引越し屋、イベント作業、スーパーなど、無関係にその時々で都合のいいアルバイトをして生計を立ててきたわけですが、職人の世界みたいな10年やってようやく一人前みたな職場だと、付け焼刃でうまくいくはずもない。まず半人前になるのが遠い。
自分の場合、作家志望だから経験として色んな職をやるのはいいっちゃいいのだけど、実際物書きとしては金になっていないので、当座はそれ以外の職で働かずを得ず、そうすると何をやっても四半人前。今更持って仕事ってのは一生もんなんだと感慨深く感じている次第でして。
が。
かと言って、ずっと同じ仕事を続けていればそれで誰しも満足かというと、そんなわけでもないらしく、先日仕事先の職人がこんな会話をしていた。
「宝くじ当たったら、こんな仕事ソッコーでやめるよ」
「そうですね」
嘘かも知れぬ。本当は3億手に入れてもどこかで仕事と縁が切れぬでいるかもしれない、職人とはそんなものだろうと思うのだけど、やっぱり職人だろうとアルバイトだろうと、嫌々仕事をしている人というのはたくさんいるわけで、例えばの話、宝くじが当たっても続けていくであろう仕事を手にした人は少ないのかもしれない。
ぼくが「仕事は一生もん」だと思うのは、手に職をつけるという意味を含め、やはりそうした「どうあってもやりたい仕事」を手に入れることが重要な気がして、そういう意味で言ったらもしかして自分は目指すものがあるだけ幸せなのかもしれない。
よく接客業の文句で「お客様の笑顔のために頑張ります」というのがあるけど、自分はこの言葉が資本主義のスローガンのように聞こえ、例えばパチンコ屋がこのセリフを言っていいのか、街でそんな幟を見かけるにつけ疑問に思うのだけど、けれども本当に「お客さんの笑顔があるからこの仕事をしている。宝くじが当たってもやめない」という人であれば、その人にとってそれは一生もんの仕事なんでしょう。
自分にそういう可能性がある仕事と言えば、やはり物書きしかないような気がしていて、久方ぶりに読み書きを再開した今、妙にわくわくしていることからも、これはきっと宝くじが当たってもやめない。
これから大人になる全ての子供にそういうもの、大袈裟にいえば「夢」が見つかればいいなあと今梅雨に思っている次第です。


雨だれの音も年とつた 山頭火

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