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20110614

梅雨と井戸

【カテゴリ:日常】

実家の裏庭に井戸がある。今は使っていないのだが、幼い頃はそこで野菜の洗い物をしたりしていた記憶がある。映画「となりのトトロ」に出てくるような、ハンドルを上下にギッコンバッコンするようなものではなく、蛇口であった。たぶんモーターか何かで水をくみ上げていたのだろう。

幼い頃は、この井戸というものの意味がよく分からなかった。というのは、うちの井戸は蛇口をひねったら水が出てくる。つまり、水道との違いがよく分からなかったのだ。親が「それは井戸水で汚いから飲んじゃダメ。水道水を飲みなさい」と言うので、わざわざ家の中に入って台所の水道水を飲むのだが、子供にしてみれば井戸も水道も、出てくるのは「水」であり、双方にどんな違いがあるのか、疑問であった。
水道水と井戸水が(同じ水であっても)違うものだということを理解できたのは小学校に入ってしばらくしてからのことである。すなわち水道水とは、川などから供給された水を浄水場を通して浄化した水であり、井戸水とは地下の水脈からくみ上げたままの地下水であるということ。
水道がほとんどの地域で完備されてからというもの、井戸は激減していく一方で、最近の子供は「井戸水ってなあに?」とますますチンプンカンプンなのではないだろうか。
自分は井戸の中を覗いたことがない。もしかして自分の親の世代ならば、怪談播州皿屋敷に出てくるような古井戸、地下何mなのか分からないが、底の見えぬ真っ暗やみの「筒」の中を覗いたことのある人が大勢いるかもしれない。しかし、自分の世代では、おそらくほとんどいないであろう。
地方などへ赴いたとき、コンクリ製の大砲のごとき円柱が、地面からにゅっと生えているのをまま目にする。あの筒の姿を見かけるたびに自分は「井戸だ!」と思って、そこへ走り寄り中を覗いてみるのだが、まず土を入れられ埋められてしまっている。落下防止のためだろうが、昔話に出てくる井戸の姿というものを実際に見たことがなく、その穴の中の景色はいつも自分にとって(先の見えぬトンネルのような)想像でしかない。あの、小石を落としてチャポンという音がするまでの時間で深度を測る、という経験を一度してみたい。

だからなのだろうか。自分の中には今でも解決していない井戸の問題がある。例えば、井戸の底はどうなっているのか?井戸の中の水は、なぜ涸れることがあるのか?そもそも、井戸に溜まる地下水脈の水は本来どこへ向かっているものなのだろうか?などなど。
かつては井戸屋という商売があり、井戸を掘ると、ほとんど外れることなく水脈にぶつかったという。
ちなみに温泉というのも深度の差こそあれ、ある程度掘れば必ずといっていいほど湧いてくるものだそうだ。俗にボーリング代が1m10万円などと言うが、温泉水は1000mほど掘れば40度超のお湯が出るというので、1億円もあれば、誰でも温泉が持てる。ただ、客商売をしたいのなら、免許を発行してもらわねばいけないので、この免許の発行に時間がかかる。自分の地元の隣町で、温泉を掘ったものの、この免許がいつになっても申請を受理されず、結局借金で首が回らなくなり、免許の申請を担当していた市の職員に恨みを募らせた末、その職員宅門前で首を吊ったという男性がいる。これは双方にとってなんとも痛ましい事件であった。自家用にするには、特に免許もいらない。
話がそれてしまった。井戸の疑問である。例えば、地下水脈の行く先。
温泉もそうなのだが、地下水は浅いところで地下数メートルから流れており、それがずっと、それこそ1000mより深いところまで、数多の階層となって地中を流れている。この水やらお湯の行き着く先は果たしてどこなのか、というのが自分の疑問である。
海に向かうという答えがあろう。沼の湧水になるという答えがあろう。ところが水というのは、物質の基本として、重力によって下方に向かう。つまり、大方は地下へと沈んでゆく。地下水が沈んでゆき、そこに地熱が加わればお湯になり、これが地表に噴出した場合は温泉となる。しかし、地表に噴出しなかった場合、どんどん沈んでいった場合、お湯の温度は上昇して、100度を超せば沸騰し、気体になる。気体になってしまえば重力は関知しない。あとは地表に向けて逆戻りの行進となるが、これもまたある程度まで上ったところで、地熱が低下し、気体から液体へと変化するだろう。そうすると、この液体がまた地下へと沈んでいくわけで、深度を深めるたびに再度温度が上昇、沸騰し気体になり地表へ。ってそんなことをエンドレスに続けることになってしまう。その間も、地上では絶えず雨が上空から地表に降り注ぐのである。

この梅雨時、そんな雨が嫌というほど地球に染み込み、沸騰しては液体になり、どこかへと消えてゆく。けれどもそれがどこへ消えていくのか。
あるいは分散して散っていくのかもしれないが、地球上から水がなくならないというのだから、どこかでうまい具合に出来ているのだろう。が、肝心なその“うまいとこ”が自分には分からない。
この雨は、どこへ行くの?今自分が飲んでいるこの水は、どこから来たの?って、翻って考えてみれば、水に対する疑問は多々あるけれど、井戸というもの、これが生活の中で身近にあった頃は、今よりももう少し人々はそんな疑問に馴染みが深かったんじゃないだろうか、なんてことをこの梅雨に思うわけである。

路傍の犬

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