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20111120

ローラローラの思い出

【カテゴリ:日常】

ぼくが通っていた高校から、歩いて15分くらいのところに谷岡牧場という牧場があり、ここにローラローラという名前の馬がいた。
高校に入学してすぐのころ、谷岡牧場へ行って「牧場を見学させてください」とお願いすると、場長が快く引き受けてくれ、このローラローラという馬を見せてくれた。僕と友人は、そのローラローラと記念写真を撮り、フクフクとした顔で歩いて学校の寮へと帰っていった。
ローラローラとは、サクラローレルという競走馬の母馬であった。

【サクラローレル】…父・レインボークエスト、母・ローラローラ。1991年誕生。1996年に天皇賞(春)で初のGⅠレース制覇。同年、有馬記念を制し、96年度JRA年度代表馬に選出。

サクラローレルという馬は、4歳時(旧馬齢表記)は怪我に泣かされながらも古馬になってから活躍した馬で、96年の天皇賞(春)は一番人気であった当時の最強馬ナリタブライアンを最終直線で下し、今も語り継がれる名レースになっている。
余談だが、この天皇賞(春)が行われた日、日曜の朝に目が覚めた当時中学2年のぼくは、居間にいた兄のもとに走り、「今日の天皇賞はナリタブライアンが負ける!」と断言したのを覚えている。
夢を見たのである。その日の朝、僕は天皇賞(春)のレース実況の夢を見て目が覚めたのだった。夢の中でナリタブライアンは直線で他の馬にかわされ2着に沈んだ。妙に生々しい夢で、アナウンサーの「ナリタブライアンは2着!」という叫びが頭にこびりつき、目が覚めてからも、ぼくは興奮さめやらぬ気持ちで「これは正夢じゃないか。ナリタブライアンはきっと負ける」と兄に言い放った。なぜ、兄にそういったかと言えば、兄もまた競馬好きで、この日のレースを買う様子だったからだ。
ところが、夢の中で見たナリタブライアンをかわした馬が、どの馬だったか全く思い出せない。「1着は何だったんだよ」と兄に聞かれ、「ナリタブライアンは2着なんだけど、う~ん。1着がどうしても思い出せない。けれど、ナリタブライアンを2着にして総流しにすれば当たるから」と言ったのだが、それでは配当もおいしくないので結局買わなかったらしい。
結果、実際にナリタブライアンは2着であった。自分は驚いた。ナリタブライアンが2着だったということ以上に、その時のレースの光景が夢の中で見たレースの光景とそっくりだったからである。正夢って本当にあるんだ、と思った。ただの偶然かも知れないが、自分はこれまでにギャンブルで似たようなことを数回経験し、実際に勝ったこともある。これは一体なんなのだろうか。なにかのインスピレーションとしか思えない。
ともかく、そのレースでサクラローレルは優勝した。その年の暮れには有馬記念というビッグレースも制し、JRAの年度代表馬に選ばれたのだった。
高校に入ってすぐの頃、谷岡牧場でその母馬であるローラローラに会ってきた。別にローラローラに会いに行ったわけではないのだが、たまたまそこにサクラローレルの母馬がいたのである。
ローラローラという馬は、ぼくの記憶の中では小柄な印象で、名前にたがわぬ上品なイメージの馬だった。場長さんと「今年は(種馬は)何をつけたんですか?」「それは秘密」といったような会話をした気がする。その他、確かこの牧場にはサクラスーパーオーという馬がいた気がするが、もう一昔以上前のことだから、記憶が確かでない。とにかくローラローラに会ったということだけははっきりと覚えている。あの時の記念写真も探せばどこかにあるだろう。
ぼくが高校2年になった時、つまりローラローラに会った翌年、ローラローラは急逝した。人づてに聞いたのだったか、スポーツ新聞で見たのだったか、急なことで驚いた。
馬はよく急逝する。ナリタブライアンもそうだった。ナリタブライアンは疝痛を起こして胃が破裂し、翌日、安楽死処分となった。オグリキャップは転倒による骨折での安楽死である。
ちなみに馬が何故よく腹痛を起こすかというと、草食動物のため胃腸が長いからトラブルが起きやすいためであって、何故足を骨折するとすぐに安楽死処分になるかというと、馬は寝ながら食事ができないため立たなければならず、足が骨折すると食事が困難になるため、また怪我自体の影響で食欲が落ち、やせ細った末に栄養失調で死んでしまうからである。
かつてテンポイントという有名な競走馬がいたが、この馬はレースで骨折したのちも、大衆の人気から安楽死処分を行わず、手術によって命をつないでいたが、結果的に体はやせ細り、ほとんど衰弱死のような状態で亡くなった。このため、馬は足を骨折すると安楽死にすることが多い。
ローラローラの死因は何だったろうか。疝痛だったような気がするが、確かではない。ともかく1999年のある日、ローラローラが亡くなったという情報が高校の寮にいたぼくのもとにもたらされ、ぼくはつい去年会ったばかりの彼女のことを思い出していた。まだ14,5歳だったはずで、人間の年齢に換算すれば50代そこそこの早い死であった。


放牧地と馬


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