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20120604

源学1 人類の発展

【カテゴリ:日常】

宗教の話が続きます。
前回まで呪文の話をしましたが、ここで原点に戻って、宗教が何故誕生したのかを確認していきましょう。
確認していきましょうと言っても、人類史の中で宗教がいつ誕生したのか、はっきりしたことは分かっていません。しかし、ある程度は考古学などの情報から分かっています。遺跡などの発掘により、当時の人々の暮らしの中で宗教がどのように関与していたのか、その内容が段々明らかにされつつあるからです。
そもそも人類は、どのように発展してきたのでしょう。
現在の科学では遺伝子の研究が進み、DNAを基に、人類がどのような経緯で世界に広がっていったかがある程度検証されています。
それによると、どうも現生人類はアフリカにいた一人の女性から始まったらしいということが分かりました。いわゆるグレート・マザーですが、つまり我々はもともと一人の母親から誕生したということになります。人類皆兄弟というのは、平和を主張したスローガンとして、実際に人類みなが兄弟として出発したことを言っているわけです。
それがやがて時間とともに世界に拡散していきました。
例えば、アメリカの先住民族であるインディアンは、日本人の祖先ととてもよく似たDNAを持っていることがその遺骨から確認されていますが、それは人類拡散の流れが日本人とインディアンで共通したルートをたどっているからです。
かつてアメリカ大陸はユーラシア大陸からベーリング海峡を歩いて渡ることができたそうですから、その時に我々の祖先の一部が北へ東へ歩いて行ったと考えられています。アメリカ大陸の一番最南端まで行ったモンゴロイドが今のヤガン族と言って、作家の池澤夏樹さんがそのヤガン族の最後の一人という女性に会いに行った話が光村図書の「この星の時間」という本にエッセイとして載っています。
皆さんは、ネアンデルタール人というのを教科書で習ったと思います。
このネアンデルタール人ですが、昔の教科書では「現生人類の祖先」であると教えられていました。ところが、現在ではこれは否定されています。ネアンデルタール人というのは、我々とはグレート・マザー以前に分岐し別々に進化発展してきた“生物”であり、今から2万数千年前に絶滅したヒト属の一種だったことが分かっています。
ところが、このネアンデルタール人の化石が発見されたとき、ある奇妙な事象が同時に見つかりました。
というのも、その遺骨の周りから多種の花粉や花弁が同時に発見されたのです。これはどういうことか検証していった結果、どうもそれはネアンデルタール人が葬送の際に、死者に「花を手向けた」のではないかという研究結果に至りました。
現在でも我々は葬式の際に死者の棺桶を花で埋め、荼毘にふします。これは、大いに宗教的意識が関連しています。「花と死」はわれわれ現代人にとって、一セットとも言うべきものになっていますが、これがもしも現生人類以外の生物にとっても一つの常識となっていた場合、知的生物と宗教(宗教というか、この場合は死生観ですが)のつながりの深さを思わずにはいられないのです。
死にゆく者を悼む気持ち。ネアンデルタール人と、現生人類の祖先に行き来があったのかどうかは分かっていませんが、この人類特有とも思われる感情がすでにこの頃、ヒト属の生物で共有されていたとしたならば、この世界における宗教の根は想像以上に深いわけです。
だいぶ話が先に進みますが、この人類拡散の流れを日本の中で見ていくと、一つの疑問点が浮かび上がります。
縄文人と弥生人の区分です。
社会科の教科書では、縄文時代から弥生時代にかけて「稲作」というキーワードで区切って、稲作の開始を初期弥生時代と解釈していますが、今では縄文人も稲作をしていた可能性が言及されています。現在では遺跡の発掘調査から紀元前6000年にまで日本の稲作文化が遡れるようになりました。しかし、そもそもこの縄文人と弥生人は骨格からして別人種なのです。日本の歴史では、この縄文時代と弥生時代を連結して、「稲作技術が日本に入った」という文化の流れであるかのように教えていますが、そうではなく、これは明らかにこの時代に他の大陸から文明とともに日本の先住民族以外の人種が大勢移住してきたことを示唆しています。この時の先住民族は一体どうなったのでしょう?そのあたりのことを教科書では教えてくれません。
日本という国は地理的に見て、東の行き止まりになります。これ以上行ったら、海ばかりで太平洋を隔てたアメリカ大陸ははるかかなたの大陸ということになる。つまり、アフリカ、ヨーロッパ、アジアと、様々な土地から世界に広がっていった人間が舟という道具を発明し、とりあえず舟を使って渡れる土地の行き詰まりが日本なわけで、日本という国は実に多くの人種の血が混ざりあった土地なのです。インドネシア諸島から北上してきた血、ロシアから南下してきた血、そして中国大陸、朝鮮半島から渡ってきた血、はたまたシルクロード流浪の果てに辿り着いたユダヤ人の血までが日本人には流れているという。これらのことも最近になってようやく、DNA分析によって検証されてきたことです。
こういったバックボーンを考えながら、ヤマト政権の擁立や天皇家のこと、ひいては日本史そのものを見つめていくと実に面白いです。
例えば、卑弥呼が信仰していたといわれる鬼道という宗教は、亀甲を用いた占いなどで天気を予測したりしたそうですが、さて、このような呪術がどこからやってきたのか。呪術というのは、今でいう科学であり、科学的に収集した情報を用いたものが占いなわけです。手相なども当てずっぽうに言っているわけでなく、これは統計学を用いた判別法ですから、そういった知識を持った集団が当時の何も知らない人々の前にやって来たら、その勢力の差は圧倒的でしょうし、呪文としての効果は絶大です。
そして、ここに帝王学の存在と、政治の成立があります。
卑弥呼は教祖として、女王として、言い換えるならば教祖であるからこそ女王として、邪馬台国のトップに君臨したでしょう。この構図が後に、太平洋戦争の「日本と神道」という思想にまでつながってきます。
戦時中、日本軍の司令部はじめ国民は「神風が吹く」と信じていました。元寇以来の神風が吹いて、日本は勝利するのだ、と心のどこかで信じていたのです。では、どうやって神風を吹かせるのか?その方法が呪術であり、密教であったわけです。そして、追い詰められた日本軍部は、ついに「神風特攻隊」という人間そのものを神風にしようという恐ろしい戦術を発案し、無残にも散りました。これらのことの始まりが、すでに弥生時代にあったような気がします。これらの歴史を経て、戦後日本は宗教アレルギーに陥りもするのですが、そうではなく、宗教の本当の意味は何なのかということを、これからじっくりとこのブログの中で考えていこうと思っています。
日本史の中での宗教については、また後で段落を設けて書きます。このあたりの話は「土蜘蛛」「天狗」といった妖怪、「かぐや姫」「羽衣天女」といった昔話、被差別民問題や、山伏や、サンカと呼ばれた人々、果ては遊女・遊郭にまで話がぶつかってきて非常に興味深いです。
その前に次回は、ここに書いた死生観のことをお話しします。
宗教の発生が何だったのか、この死生観を考えずには先に進めないでしょう。古代の人々が死を間近にした時、どういうことを考え、対処していったか。それが宗教の始まりであったように思えるからです。

土偶

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