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20120910

山頭火日記6

【カテゴリ:日常】

嫌いなものがありますかと聞かれたら、ありますと答える。
食べ物に別にこれといった嫌いはない。以前は卵とエビが食べられなかったが、今は克服した。子供の頃、家庭の食卓に時折あがったイナゴの佃煮だって、食べようと思えば食べられた。
それでは、勉強が嫌いか、人が嫌いか。
答えはNOだ。苦手な分野の勉強はある。苦手なタイプの人もいる。それでも嫌いではない。音楽の授業で「吹けるまで吹いていなさい」と言われ、リコーダーが嫌いになったことがある。しかし、自分で音楽をやるようになってから、そんなことはなくなった。
けれど明確に嫌いだと言えるものがある。
それはゴキブリ。
年をとっても、これにはまったく慣れる気配がない。背筋がゾゾゾとなる。生理的に受けつけないのだ。あとはムカデ。この2匹が家にいたら、殺してしまう。
何故なんだろう。コオロギは大丈夫なのに、ゴキブリはダメだ。毛虫は大丈夫なのに、ムカデはダメだ。蜘蛛だったらとりあえず逃がすし、ハエや蚊なら放っておくこともあるが、ゴキブリを見かけると必死になって探してしまう。
蛇が嫌いだと言う人も多いが、ぼくは蛇を飼っている。時々、手に巻きつけて遊んでいる。蛇は大丈夫なのだけど、ゴキブリとムカデはもう、絶対的に触れない。
何に起因しているのだろう?
足が速いからか、とか、姿がグロテスクだからか、とか、考えるけれど、これといった理由は見当たらない。生理的は生理的なのだ。本能が拒否している。
小学生時代の夏休み、ぼくはクワガタが欲しくって、夜、酒を飲んで酔っ払っている父親の肩をゆすり、クワガタを捕りに連れていってくれとせがんだことがある。
はじめのうち、父はそれを気だるそうに聞き流していたが、少しすると「クワガタなんて庭にいるじゃねえか」と少し憤りがちに叫んで、立ち上がった。
ついていくと、家の裏庭にある樫の木の前で父は立ち止まった。
確かにこの木は幹から蜜が流れていて、夜な夜なそれを求めてカブトムシやクワガタがやってくることがあったのだ。しかし、それもごくたまにである。
暗くてよく見えないが、その日も蜜を求めて数匹の虫が円を描くようにして止まっていた。たいていはカナブンだったろう。
親父はそれをまじまじと見つめると、右手をあげ、そのうちの一匹をサッと捕まえた。僕の方を向き直り、「ほら」とその手を差し出す。僕はそれをまじまじと見つめる。妙に丸っこいので、最初はコクワガタの雌かと思った。よく見ると違う。ひょろひょろ長い触角が生えており、それが父の指先からチョロチョロしている。足の動きが早い。
僕は、そいつの正体に気づくと、わああああっ!っと叫んで、逃げるようにして家に駆け込んだ。
なんと父は、そのゴキブリを右手に持ったまま、家の中まで入ってきた。母や兄弟が「ぎゃあっ」「わあっ」と驚いている。
「ほら、クワガタ」
そう言いながらニヤリと笑う父の顔が、赤い。

かさりこそり音させて鳴かぬ虫が来た 山頭火

時々、ゴキブリが大丈夫だと言う人がいる。大丈夫だというのは、居ても気にならないという話だろう。
沖縄を旅していた折のこと、現地の方と話をする機会があり、ゴキブリの話になった。その場にゴキブリが現れたからだ。
いつものようにぼくが気味悪がっていると、その人はきょとんとした顔をしてこう言った。
「なんでトビラ(ゴキブリの沖縄方言)を怖がる?」
「だって、気持ち悪いじゃないですか」
「トビラは友達よ。子供の頃はよくこいつらを食ってたさ~。貴重な栄養源よ」
絶句してしまった。戦中、戦後の食糧難の時、このあたりの子供達はよくゴキブリを食べていたのだという。本当か嘘かはわからない。ただ、その人の顔は本気だった。
そこまで言われ、ぼくは、確かにわけもなくゴキブリを嫌っている自分を少し恥じた。「嫌い」という感情は「好き」には勝てない。「嫌い」でいる自分の方が間違っているのだろう。
けれど、やっぱり、ゴキブリとムカデは一生好きになれそうにない。


蜘蛛は大丈夫

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