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20130326

スイッチについて

【カテゴリ:日常】

以前「呪文について」で書いたけれど、合掌というのは仏教の中の一つの印の形だ。そして、この印の形に一つ一つの意味を込める。
忍者が、忍法(遁術…火遁の術や水遁の術など身を隠す際に用いる)を使う時に、左手の人差し指を右手で包む。この時、左手の人差し指は自分自身を意味している。これを右手で包み隠すことにより、【隠れた人差し指=周りから姿をくらます自分】をイメージする。イメージを手の形に表すことで、より強い力となってそれは具現化する。
これは仏教だけでなく、キリスト教の十字架にも言える。クリスチャンは胸の前で十字を切ってお祈りする。アーメン、と言う。仏教徒が手をすり合わせて「南無阿弥陀仏」というのと何も変わらない。
仏教やキリスト教以外にも、こういう方法はごく当たり前のようにあって、そういった儀式が幅広くその風土風土の民衆に浸透している。
これらの動作、文言が共通している目的は、スイッチだろう。
仕事から帰り、部屋に電気をつける。パチッ。
それまで暗かった部屋が一気に明るくなる。と同時に、仕事モードから休息モードへ体を切り替える。
では、部屋に電気がなかったら、どうだろうか。
仕事が終わり、靴を履く。ここからすでに仕事モードを脱している人もいるかもしれない。とすれば、靴を履く、という行為がスイッチになり得る。
同様に、起きるためのスイッチ、寝るためのスイッチ、遊ぶためのスイッチなど、実は色々なスイッチがある。そのスイッチを酒にしている人は多いかもしれない。酒を飲んでから寝る、など。また、タバコで切り替える人もいるだろう。部屋のドアに勉強中という札を掲げ、集中モードに切り替わる人もいるかもしれない。
ただ、これらはやはり物であるから、欠品した時に切り替えが効かなくなる恐れがある。
タバコがない。ああ、イライラして気持ちが切り替わらない、というのはよくあることだ。
その点、印は自分の手だからいつでもできる。好きな時に合掌できるし、好きな時に十字を切れる。
これから喧嘩だけど勝てる自信がない、という時に、胸の前で十字を切って「神よ、力を」と言えば、それだけでちょっと強くなれたような気がするし、いちかばちかの場面で手を合わせて「南無三!」なんていえば、覚悟が決まったりもする。
実はよくよく自分の行動を振り返ってみると、あらゆる場面でそういうスイッチを持っていたりする。このスイッチがうまく動作しなかった時、何かと不具合が起こる。スムーズに切り替えが出来ずにストレスが溜まったりする。
だから、そういうスイッチを意識的に、また有効に使っていきたい。原始的だけど普遍的。人間って結構単純にできているんじゃないか、と思う。


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