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20100509

阿呆の時事

【カテゴリ:阿呆】

小学生のころ、同じクラスに寿司屋の倅がいて、彼の体からはいつも生もののようなにおいがしており、果たしてそれが衣服からなのか、体からなのか、息からなのか、自分には判断がつかなかったのだけれども、彼は毎日寿司を食べていると言っていたし、幼い僕は「きっとこれが寿司屋の息子のにおいなんだろうなあ」と思ったものだけれど、何故急にそんなことを思い出したかと言えば、今一瞬自分の体から、あの懐かしいような生もののにおいが漂ったからであり、寿司屋の息子でない自分は、はっきり言って魚、魚魚魚てな感じで驚いた。思わずTシャツの前襟を引っ張って、そこに鼻を突きこんだ。
加齢臭。てなことを言うが、いかな若者もお兄さんからおっさんに、お姉さんからおばちゃんになっていくものであり、そろそろ自分もおっさんの準備を始めんといけんなあ、と思う。始めんといけんなあ、つったって、別に何をするでもなく、お兄さんは自然におっさんになっていくものだけど、まあおっさんと一言で言ったって色々あって、かつてロマンス・グレイという流行語があったわけだけど、理想のおっさん像的にここらへんかなあ、なんて部屋で独りごちている私は今、とっても寒々しい。誰か、毛布をください。

最近、宮崎で口蹄疫という家畜の伝染病が流行っている。自分はテレビを見ないので、どのくらいの頻度でニュースになっているのか知らないけど、母親が電話で「全国的なニュースになっている」と言っていたので、ご存知の方も多いかもしれない。実はこの口蹄疫問題が最初に起こったのが今自分の住んでいる町内のことで、これを書きながらも、すぐ隣にある町役場から「町内から3例目の口蹄疫が発見された。近辺の道路を封鎖して拡散予防に対処している」というような内容の文言がスピーカーで繰り返し流されていて、人口1万強のこの町では大した騒ぎになっている。思い返せば、このブログにも4週ほど前、自分が働いているスーパーに東国原知事が来たと書いたが、これもおそらくその確認と対策のために町役場を訪れていたのだろう。ニュースになったのは、あの数日後であったから。それで、現在僕が住むこの町では、至るところに消毒剤が散布され、見ていていたたまれないような気分になってくる。公共施設や国道、酪農関係の施設入口には、石灰だろうか、白い粉末が大量に敷き詰められ、それが雨とともに道路やら側溝やらに流れ出てタイヤの跡とともに白く筋を引いている。まるで消火器をむやみやたらにぶちまけたような光景が町の至る所にあって、子供たちがその上を歩いて学校に行ったりしている。消毒剤なのだから、舞い上がったものでも吸い込めば毒だろう。自分の働くスーパーでも駐車場の入口6か所に、使い古した絨毯などを敷いて、そこに消毒液を撒いている。ここ数日、自分もその散布を手伝っているのだが、なんやら紫色した粉末をポリバケツに入れて水で希釈した後にバケツで2時間おきにバシャバシャとかけている。どうやら車のタイヤに菌が付着しているらしい。もう見慣れてしまったといえば見慣れたが、異様な光景には違いない。これが一体いつまで続くのか、感染した酪農業者の倒産は免れないだろうと言われているし、殺処分される牛や豚は数万頭にのぼっており、実におぞましい出来事である。しかし、今僕が思うことは、この現実を果たしてどれだけの人が知っているのだろうということだ。テレビで口蹄疫がニュースになった、というけれど、テレビはその発端ばかり、役人、識者の発言ばかりをニュースにして、おそらく現況としてこの町が強いられている状況を映像にしてはいないだろう。今回はたまたま身近で起きた出来事だったので、僕はその中身をよく知ることが出来て、現にこうやって消毒剤の散布なんかもしているのだけど、これが遠くで起きた出来事だったなら自分も、口蹄疫が発生した、という事実しかニュースで知らされぬままだったろうし、そうしてそれで納得していたはずだ。実際、狂牛病の時がそうであったのだ。それが実に悲しい。しかし翻ってみれば、ニュースというのはいつも表面的で、例えば毎日のように繰り返される殺人事件などにしてもきっと同じことが言えるのだろう。こういうことがあった、という事象をなぞるだけで、その容疑者や被害者の家族がその後被る、強いられた生活にまでニュースは関与しない。直接事件に関係のないそういった人々が、長年暮らしてきた土地に住めなくなった、というのは時々耳にする話で、石が水面に落ちるのは一瞬だが、その波紋の方が人を永く苦しめたりもする。口蹄疫のことに関しても風評被害だけでなく、長い目で見て、消毒剤による住民の健康被害が出てこないとも言えない。今回の騒動に際して自分は、なんだか改めて、真実は一体どこにあるのだろうということを思わされた。ニュースを見る、ニュースを読む、というのは、その裏側にある人々の生活までイメージしないといけない、少なくともそうすることで、ある出来事に対する考え方、捉え方、対処法は幅を拡げることが出来るのだろうと思った。まあ、わかったつもりになるのは良くないことだけれども…。


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