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20100816

記紀探訪

【カテゴリ:考察】

現在の天皇は第125代である。
昭和天皇が崩御されて、時代は平成になった。今は亡き小渕元首相がテレビの中で「平成」と書かれた額縁を掲げ、平成おじさんと呼ばれるようになった平成元年。あれから、21年の年月が過ぎ、今上天皇は御年76歳になる。
天皇家の始まりは、初代・神武天皇とされている。時は紀元前7世紀、日向の国(ひむかのくに・現在の宮崎県周辺)でのこと。日本最古の史書である古事記・日本書紀、いわゆる記紀の記載によると、高天原(たかまがはら・たかまのはら)という神々の住む天上界から、ニニギノミコトという神が人間の住む下界へと降り立ち、その曾孫として神武天皇が誕生したとされている。こうして、天上人を先祖に持ちながら地上界に誕生した神武天皇は、日本の中心に都を造るべく東征の旅に出て、現在の奈良県に国を作った。それが今日の天皇家の最初である。
戦前まで天皇は神であるとされ、生きている神という意味の「現人神」という呼ばれ方をされたが、天皇は神であると語られることの所以はここにあり、天皇家のルーツを辿っていくと、自然、日本神話に行き着くことになる。
記紀ではその詳細が語られているわけで、この記紀を編纂するように命じたのが第40代天武天皇(在位期間673年~686年)であった。つまり、記紀の時系列は、天上界の神々による天地創造の時代から初代・神武天皇の即位(紀元前660年)を経て、第41代持統天皇(在位期間686年~697年)の時代まで続くわけで、ここには日本創生の神話と史実がごちゃまぜになって話が出来ている。
そこで、まず一つの疑問が浮かぶと思うのだが、率直に言って、天上界って何さ?ということである。昔の人間はどうだったのか知らないが、現代人がこんなことを聞いても、信じられるはずはない。まあ、みなさんお分かりの通り、天上界だとか下界だとか、天皇が神の子孫であるというのは作り話である。
人間は人間からしか生まれない。それは現代の常識であって、人間が人間以外の生物から生まれることはない。もし、神が人間を生んだのだとすれば、この世に存在する全ての親は、その子供たちにとって神ということになるが、そんなことにもならない。また、現代科学の見地から考えれば、人間を生んだ神とは猿(新人・旧人・原人・猿人)ということになり、その猿を生んだであろう単細胞生物、単細胞生物を生んだであろう海、果ては太陽エネルギー、宇宙エネルギーという結論に至るのであって、天皇が万世一系、神の子孫であるというのは無理のある話である。
そんな作り話が何故、公的な史書である記紀に記されたかというと、これは聖書もそうなのだろうけど、昔の人は一体自分たちがどこからやってきたのか分からないジレンマがあったのだと思う。史書を作るということは、これまでの歴史をまとめ、後世に伝えていくという意図があるわけで、しかし、あるところまでは資料により記録が残っていても、それ以前となると、とんと解らなくなる。
空白となってしまう、その過去の出来事は、今でこそダーウィンの進化論や発掘調査などに基づき、ある程度は推測されるようになったが、これを知らなかった昔の人々は、神という存在を作り上げるしかなかったのだろう。つまり皮肉な話だが、神が人間を作ったのではなく、人間が神を作ったのである。おかしな話だが、もしも猿人や原人が「今日、はじめて2本足で歩きました」「今日、はじめて火を使いました」ということを記録として残していたならば、人間は神なんて思い浮かべなかったのじゃないか、とすら自分は思うのだ。

しかし、「では翻って、記紀に書かれてあることは全て嘘なのか?」と言うと、それは違う。例えば、ニニギノミコトが降り立ったとされる日向の高千穂という場所は、現在、宮崎県高千穂町として存在しているし、天孫降臨と呼ばれるその降り立つ間際に、ニニギノミコトが天から持たされてきたという3種の神器(ヤタノカガミ、ヤサカニノマガタマ、アメノムラクモノツルギ)は、現在それぞれが、伊勢神宮、皇居、熱田神宮に奉られている。本物かどうかは分からないが、とにかく奉られている、という事実があるのだ。
「そんなバカな、だって神話だって言ったじゃないか、そんなものがあってたまるか、作り話なんだろ?」と仰る方もあろう。確かに神話は作り話である。神から人間が生まれたのではない、と先ほど述べた。だが、神話というのはなべて、何か別のものの暗喩となっている可能性が高い。つまり、作り話は作り話だが、そこには話のベースとなっている史実が隠されている可能性があるのだ。
桃太郎が退治した鬼は、当時、瀬戸内海に跳梁跋扈していた海賊の暗喩なんじゃないだろうか。浦島太郎が亀に乗せられて行った竜宮城は、漂流して辿りついた沖縄の暗喩で、首里城のことだったんじゃないだろうか。と密かに囁かれるのもそれで、語り継がれる話と言うのは、それなりに訳がある。リテラシーのない時代、歴史の伝承は、そのほとんどが口伝であった。口から耳へ、親から子へ、受け継がれてきた伝言ゲームが、神話や民話という形に変化していったと考えるのは、そう難いことではない。その蓄積が記紀の冒頭にある神話ではないか?と自分は考える。
そうだとすれば、ニニギノミコトの天孫降臨とは、何を指し示すものなのだろうか。神武天皇という存在は本当に在ったのだろうか。それとも誰か別の人物の暗喩なのだろうか。三種の神器とは、誰がつくり、誰が誰に、何のために渡したものなのだろう。様々な疑問が噴出する。
これらのことは調べようもなければ、確かめようもない。また、日本が天皇制であるという特性上、天皇家に不利益なことは事実が隠蔽されている可能性もある。実際、歴史が変わるかもしれない多くの古墳の発掘調査が宮内庁によって拒否されているし、もしかしたら天皇家には密かに、記紀以前の史書というのが在るかもしれない可能性だってあるのだ。
「歴史は勝者が作る」という言葉がある。自分に義があったか、相手に義があったか、結局決めるのは戦いの勝者だ。記紀の多くは、つくられた歴史、つまり勝者である天皇家が自身を正当化するために書きあげたストーリーなのかもしれない。しかし、どれだけ誰かが歴史を作っても、真実とは常に一つである。その真実を知りたいと自分は欲する。それを知ることが、同時に自分のルーツを知っていくことにもなるからである。

全く別の話になるが、アメリカ・フロリダ州で7000年前のものとされるミイラ化したヒトの脳組織が見つかった。時代的にアメリカインディアンのものとされ、学者はそこからDNAの抽出と塩基配列の決定に成功したのだが、現代のインディアンのDNAと比較調査したところ、同じ塩基配列を持つ人を見出せなかった。ところが研究を進めていくうちに、なんと5名の日本人が同じ塩基配列のDNAを持っていることを突き止めたのである。これは偶然では起こり得ないことで、共にかつて我々が同じ民族であったことが証明された。
どうして、このような結果になったかというと、1万年前か2万年前か、日本がまだユーラシア大陸と陸続きだった頃、同様にロシアとアラスカもベーリング海が陸続きになっており、現代の日本人や韓国人、中国人といった民族の祖先が歩いてアメリカ大陸まで渡ったものと考えられるのだ。
自分たちの祖先が、かつて歩いてアメリカ大陸まで渡っていた、という事実。これに自分は震える。そして、自分のルーツの壮大さを思う。人類が世界をどのように旅してきたか、そのスケールのでかさにロマンチックな感動をする。そして、自分が生まれてきた意味を考える。

記紀を考えるというのも、その手段の一つに過ぎない。別に、これを調べて天皇がどうだとか、右寄りや左寄りといった、そんな考えをするわけでもなく、ただ自分が納得できる真実が知りたいと思う。日本人がどこからやってきたのか。隼人やアイヌといった日本の先住民族は、いつから日本にいて、そしてどのように大和民族に追い詰められていったのか。日本語はどこから来たのか?自分の体の中に、一体どんな血が流れているのだろう。そうだ、もっと祖父や祖母のことを知っておきたい。そんな自然な好奇心である。

今回、たまたま宮崎に暮らしていることで、自分にとって日本神話が身近になった。神武天皇が東征に出る折、機運を祈ったと伝えられる神社が近所にあることを知り、カメラとメモ帳を持って、先日、その神社へと赴いた。いつから神社があるのか、どんな歴史を持っているのか、本当に神武天皇はここを訪れたのだろうか。一人で境内をこそこそと歩きながら、宮司さんともお話してきた。そこで今回、ちょっと記紀と天皇について自分なりに調べてみようと思い立ったわけである。もちろん、自分は研究者ではないので、素人考えで思い込みの激しい部分もあるのだが、まあ、どうせ答えのない歴史ミステリーみたいな話だ。ちょっと楽しんで、日本人である自分のルーツを追えたらと思っている。
というわけで今後だらだらと、このアダルトブログにその模様と推論をUPしていくつもりなので、その間、また別の話を挟んだりするとは思いますが、みなさん、お楽しみに。それではまた。


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