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20100913

8割の法則

【カテゴリ:日常】

誰も教えてくれないが、8割の法則というものが世の中には存在する。
例えば、車。標識に50kmの速度制限がある道を時速55kmで走る。捕まるか?答えはNOだ。捕まらない。警察が、50km制限の道を55kmで走る車を捕まえることはない。ごくたまに捕まえることもあるらしいが、よっぽどのことがない限り、見逃される。実際は60kmでも、ほとんど捕まらないだろう。20kmオーバーの70kmなら捕まる可能性は高い。そう考えてみると、スピード違反で捕まるか捕まらないかのラインというのは、50km標識で10~15kmオーバーからということになるのだろう。割合にしてみれば、ざっと2割~3割増し。つまり、あの標識に書かれた数字というのは、実際に捕まる速度の8割を表示しているということになる。
同様に消費期限。電池の表記に20100912とある。今日やんけ。ということは、この電池は今日で使えなくなるのん?と思ったら、違う。そんなことは全くなく、別に明日でも明後日でも使える。けれど、3ヶ月後、半年後、1年後はわからない。もしかしたら、使えなくなるかもしれない。これも、メーカーとしては耐用年数を8割ぐらいで見積もって消費期限としているのだろう。だから、残り2割の期間も糊代として実際には使える。ただ、それ以上になるとパワーが半減してしまう。おそらく、耐用年数の期間内に保障している電池のパワーも8割くらいだろう。ややこしいが、8割のパワーを保証する8割の期間が、電池に刻印された、あの消費期限なのだと思う。
道徳にも、この8割の法則はある。「嘘をつくな」と人は言う。誰でも幼稚園、小学校の頃に大人から、そう習う。しかし、大人は嘘をつく。「なんで?嘘つかんって言ったじゃない」世の中の大人を見つめながら、子供は純粋にそんなことを思う。例えば、自分の幼児時代にこんなことがあった。母親の買い物についていった先でスーパーのお菓子売り場に辿りつき、これを買ってほしいとねだると、母親が「明日、買ってあげる」という。それならば仕方ない、我慢して翌日、約束通りに買ってもらおうとすると母親はまた「明日、買ってあげる」というのだ。このループが数日続く。これはどういうことか。というのはこれ、「嘘をつくな」と大人は子供に言い条、大人は子供に嘘をつくのである。それが大人というものだ。問題は、それを責めることではない。大人が言う「嘘をつくな」とは、どんな意味を示唆しているのか、ということである。
というのもこれ、結論から言えば、「8割、嘘をつくな」というのが正しい言い方だと、自分は思うのである。「なんでなん?2割は嘘ついてもいいん?」と聞かれれば、自分は「いい」と答える。実際、社会では2割は嘘をついてもよいとされている。「そんなバカな?それこそ嘘だ!」と仰る方もあろう。嘘じゃない。冷静になって社会を見回してみるといい。そうやって公認されるような形で許されている2割の嘘というものがそこかしこにあるものである。
「嘘も方便」や「便宜上」などという言葉は、その2割の嘘のためにある言葉であろう。上に挙げた母親の発言もその範疇で、例えば大人社会には社交辞令というものがあり、これはもう嘘の塊のようなものだが、社会においてはそんな嘘が人と人との潤滑油になっていたりする。簡単に言えば、「嘘をつくな」というならばブスにはブスと言うべきだが、お世辞という2割の許される嘘で「全然そんなことないですよ」と言うことにより、世界は回っているわけだ。まあ、だから、実は誰も全く嘘のない世界など期待しちゃいない。そんな世界があったら、逆に怖いだろう。きっと戦争だらけになるはずだ。そうではなく、ついてはいけない8割の嘘をつかせぬために、大人は子供たちに「嘘をつくな」と言っているだけのことである。
そんなわけで、世の中は往々にして、この8割の法則で動いていることを自分は実感する。果たして、自分がこれに気づいたのは、成人してからであった。それまではこう、ほとんどのことに8割の秘密があることなど知らなかった。「車のブレーキには遊びがあります」と自動車教習所では教えてもらったが、社会のあらゆる仕組みにも遊びがあることに、その時の自分は気づかなかった。
諺に「腹八分目」というのがあるけど、この8割というのは、気持ちよく生きるためのヒントが隠されているような気がする。張りすぎず緩みすぎず、8割の力で弦を張ることによって楽器が良い音を奏でるように、人間もきっとそういう仕組みのもとに出来ているのだろう。
どうして社会はこんな重要なことを教えてくれなかったんだろうと、この法則に気づいた時、自分は思ったものだ。まるで10割を要求するような文言ばかりを並べ、現実は8割で生きている。それを了解している渡世上手な人間の傍らで、犠牲になるのは、いつもくそ真面目に生きている人間なのだ。人の言葉を聞き流せず、他人の欲望に飲み込まれ、能率という言葉に追われ、社交辞令に順応できず疎まれている。
何故だ?8割だと言えば、手を抜く人間が増えるからか?それを逆手に取っている人間が困るからか?それとも、全ては自己責任なのか?誰も教えてくれないから、自分はこれをしっかり後世に伝えようと思った。
社会が要求する10割を鵜呑みにする限り、鬱も過労死も増えるだろう。世の中には、2割というずるくも賢い逃げ道がちゃんとある。それを駆使して生きていこう。一つ一つ小さなことを打破し、みんなで気持ち良く生きていきたい。


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